fc2ブログ
QLOOKアクセス解析

哀悼。

久しぶりの更新となりましたが、

ご訪問くださいましたみなさま 本当にありがとうございました。



実は、宮城県の大叔父(通称 内地のおじさん)の訃報を受け、

両親はすぐに宮城県へ経ちましたが、

幼い子供たちを連れていっては 迷惑になるので 私たちは留守番。


葬儀が終わるまで ただ 悼んでおりました。


私の生涯で 大叔父に会ったことは3回しかありません。


それなのにこんなにも身近で、家族にとって最愛で偉大な存在であるのは、

亡くなった祖母との姉弟の絆、

父を含めた甥、姪と叔父の絆、

私たち世代と大叔父との絆、

そしてまた子供たちへの愛情に至るまで

大叔父の人柄をずーっと幼い頃から常に感じてきたし、

家族同様です。


月に1~2回は『変わりはないか?』と電話をかけてきてくれました。

地震や台風前も必ずです。

大叔父がいつも送ってくれるカツオは世界一美味しかった。



東日本大震災で助かったときの喜びを分かち合ったときに

『死ぬ前に オマエたちにもう一度会ってみたいもんだなー』と笑っていたのが最後となってしまいました。



宮城県船頭会の会長を何年も勤めた経験もあり、大叔父も海を愛し、海に生きたひとでした。

震災により 故郷を失った悲しみを思うと言葉になりません。



いつまでも元気でいてくれるものと思っていたので

元気なときに会いに行けなかったことの 後悔だけが 取り残されて。

受け入れたくなくて。。。

心の整理が。。。どうしてもできません。



寂しいです。


寂しくて寂しくて 仕方ないです。



でも、私に限らず 大叔父から愛された人や愛したひとの

心で生き続けることに変わりはないし、

想いを活かすこと、受け継ぐことが 私たちの役割だと思うので



悲しみを乗り越える強さを 持ちたいです。



両親が帰宅したときに、宮城県の親戚から譲り受けてきたDVDです。

【東日本大震災 ~3.11気仙沼の記録~第1巻】

気仙沼ケーブルネットワークの社員が、震災直後からその後の復興にかける
気仙沼市民の様子を収録したもので、震災被害を風化させず、未来に残す
貴重な映像資料としてご活用ください。とあります。

画像23.12 041

大叔父が最後にみたものでしょう。

私はまだ みることができずにいます。


未曾有の震災から9ヶ月が過ぎました。

東日本大震災による被害を受けられた皆様に、心よりお見舞い申し上げます。

一日も早い復興を心から願い、

少しでも自分にできる事を続けてまいります。



  

    内地のおじさん   ありがとう。










テーマ : ひとりごと - ジャンル : ライフ

コメント
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する